退職金について
サラリーマンが大学卒で入社して約40年後に受け取る退職金がおかげで余剰金となって困った、などというのは一級の役人達など特殊ケースをのぞいて、そうあるものではない。退職金が40年近い働き蜂に対する対価として適切でないほとんどのケースにおいて退職金は人生のプラスアルファに投資できないのが辛いところだ。
たちまち退職金は家のローンに消えるわ、高学歴なるも大いなるすねかじりの子供たちの学資に消えるわ、墓に持って行かれるわ、子供らの結婚式に飛んでいくわ……40年の慰労金である退職金には本当に羽がついているのだ。これは社会が高度成長した証と同時にその弊害とも言える。前述したようなこと、また、それ以外に消えていく退職金の対象がどんなものかをチェックしていただきたい。およそ昔であればそんなことには退職金は使わなかったの、そんなことは存在もしなかった、ということになるのだ。昔の人の退職金の方が少額であったにもかかわらず残ったのである。そして、使われることもなく子供への遺産となっていったりすることが多かったのである。今、そんなことは嘘のようなファンタジーでしかない。
人間、原始共同体の中で生活して貨幣もなければ当然退職金もない時代、当然ながら金に振り回されずに済んだのに、ひとたび金を使い始めると金のために働き、金に使役されるようになるのである。現代の原始的部族を取り込もうと思えば、彼らに何か文明品をひとつ与えると良いのだ。彼らはそれを入手するのに金というものが必要と言う事を知ると、彼らはいとも簡単に貨幣文明の仲間に引っ張り込まれていくのだ。そして気がつくと、鼻輪をつけた裸の爺さんの横でシャツを着た倅が退職金の多寡に頭を抱えているようになるのだ。